ソウゾウセカイ

Ivyと申します。ここでは主に小説を書いたりしています。コメントや★を付けていってくだされば嬉しいです。※小説には過激な内容が含まれることがあります。思いつきで書いているので、矛盾している点が多いです。そのため、過去の記事を書き換えることがあります。ご了承ください。

冒険者達の記録書 第72話 騒がしい朝

Reg
『……それでね、僕は考えたのさ。僕らギルガ家の者は魔法が全く使えないわけじゃなくて……ねえ聞いてる?』
 誰かが俺の肩を叩く。目の前にはロンドがいた。
『ああ、聞いてるさ……ふぁあ』
 俺は大きく口を開けて欠伸をする。まったく、コイツの話はややこしいんだ。
『もう。せっかくあの石の新しい可能性を示してやろうと思ったのに。』
『はいはい。聞くだけ聞いてやるよ。』
 とにかく今は眠たくて仕方がない。ロンドの話をBGMにして俺は再び目を閉じた。
『いいかい?君が剣に加工したりしているこの石は……』
 
 ひどく懐かしい夢を見た。ずっと昔、ロンドが魔術に興味を持ち始めた頃の記憶だ。
 周りには隠していたが、ロンドは幼い頃から好奇心旺盛だった。特に歴史や魔術に興味を持っていたらしく、昔は彼の為によく書物庫まで行って資料を持ち出してきたものだ。
「……」
 俺はベッドの横に置いていた剣を掲げる。素材が石なので衝撃に弱いが、この前ヘラーノと戦った時にはどうにか耐えてくれた。耐久性は上がっているようだな、改良を重ねた甲斐があった……と考えながら、視界はその剣の刃を捉えていた。この剣の刃には、青い水晶に似た石を使っている。だが、その耐久性は水晶なんかと比べ物にならないほど強い。一体この素材は何なのか。ロンドはだいたいは見当がついていたようだが……。
「今度訊いてみるか」
 こんな事を言っている場合ではないが、ギーバに帰るのが楽しみになってきた。
 起き上がって辺りを見回す。ソファの上ではローディンが手足を伸ばして寝ている。ソファからはみ出た手足はぶらんと垂れ下がっている。腰が痛くなりそうな寝相だ。
 閉じた窓からは僅かな光が洩れていた。夜が明けてすぐ、といったところか。いつもならこの時間に起きて支度やら剣の素振りやらしているのだが、城にいる間はそのような勝手な事はできまい。二度寝しようとして布団を被っても、完全に目が覚めてしまって眠れない。何をしようか悩みながら、窓を開けて外を眺める。
「……」
 窓の外にはメディスの街が広がっていた。夜が明けたばかりだというのに、もう人々で賑わっていた。さすが大都会だ。
「まだまだ少ないですね。」
 背後で声がする。振り向くと、ローディンが立っていた。
「ああ、起きてきたのか。」
「ええ、たった今ですが。おはようございます。」
 おはようと返し、再び街に目を向ける。
「以前はこんなものではなかったはずです。もっと大勢いたはず……やはり、この前の事件の影響でしょうか。」
 この前の事件……街中のトイフェル族の人々が凶暴化し、城に押しかけたという事件か。暴れたトイフェル族は罪人としてではなく「患者」として身柄を確保され、再発防止のための研究に協力してもらっているそうだ。その他にも、同じような事件を恐れて引きこもる人々もきっと増えただろう。
「しかし、トイフェル族の奴らも災難だな。訳も分からず身柄を拘束されるとは。郊外の空き家に収容されているんだろう?」
「ええ。飯が美味いしダラダラ過ごせる、むしろここから出たくないと評判のようです。」
「そ、そうか」
 予想外の返答に少し戸惑ったが、好待遇で迎えられているならば良かったと思う事にした。
「……?」
 その時、何か悲鳴のような音が聞こえた。
「何か聞こえなかったか?」
「ええ、聞こえましたね。悲鳴、でしょうか?」
 互いに顔を見合わせていると、更に声が聞こえてきた。
「ごめんってお嬢ちゃん。逃げないでくれよぉ。」
「何でヘラーノがここにいるのか!?」
 ヘラーノとテノールの声だ。ローディンは顔を手で覆い、「何やってるんだアイツ……」と呟く。彼女がヘラーノに何かされているのかもしれない、と思い、俺はすぐに部屋を出た。
 
Hellarno
 テノールは起きてオレを見るなり、悲鳴をあげてベッドの隅っこに逃げてしまった。
「ごめんってお嬢ちゃん。逃げないでくれよぉ。」
「何でヘラーノがここにいるのか!?」
 テノールはキャンキャン喚く。
「とりあえずさ、話だけでも聞いてくれねぇかな?オレだってお前の部屋に入りたくて入ったワケじゃねぇんだよ。」
「……」
 彼女はこちらをじっと睨んだまま、頷いた。
「夕べの事は覚えてるかぁ?」
「ゆうべ?何があったのか?」
 やっぱり昨日の事は忘れちまってるみたいだ。
「お前さ、廊下に出てフラフラ歩いてたんだよ。『おかあさんがまってる』とか言ってさ。それをオレが捕まえて、見張ってたってワケ。」
 彼女は目を見開いて、「そうだったのか」と呟いた。
「その、お母さんって……」
「メリーサだろうなぁ。」
 彼女をそんな風に操る事が出来るのはメリーサくらいだ。
「ヘラーノ。ありがとう、止めてくれて。……それと、ごめんなさい。」
「どういたしまして。別に気にするこたぁねぇよ。慣れてるからなぁ。」
「慣れてる?」
 彼女は首を傾げる。しまった、余計な事を言っちまったか。彼女を見ると、不思議そうな目でオレを見つめている。……言うべきか……。
「何をしている」
 ドアが開き、レグとローディンが入って来た。レグは眉間にシワを寄せ、ローディンは呆れたように目を伏せている。
「あーあ。こんな小さい娘にも手を出して……」
「出してねーよローディン!誤解だ!」
「……」
 レグはオレには見向きもせず、テノールのそばへと向かう。
「何があった?」
 彼女は震えながらも、口を開く。
「ゆうべ、私が廊下で歩いてたらしいの。『おかあさんがまってる』って、私、そう言ってたんだよね?」
 テノールはオレを見る。オレは頷いた。
「だからコレはヤベェって思って捕まえて見張ってたんだよ。襲おうとしてたワケじゃねーぞ。」
「はっ、どうだか。」
 レグはそう吐き捨てる。レグとテノールの2人にはずいぶんと嫌われちまっているようだ。
「何でオレこんなに嫌われてるワケ?どう思うよローディン。」
「僕に話を振るな。日頃の行いが悪いからに決まってるだろ、この女ったらし。」
 しかし、とレグ達にも聞かせるようにローディンは続ける。
「もしヘラーノの言う事が本当だとすれば、彼女はかなり危ない状態だった、と私は思うのですが。」
「うん。私も、そう思う。メリーサが私を呼ぼうとしてたのかもしれない。」
 テノールがメリーサの手に渡ってしまえば大変だ。今まで以上にテノールを見張っておく必要があるだろう。
「……」
 オレはローディンを見る。彼は頬に手を当てて何か考えているようだ。彼が考えているのは、恐らく……
「……お前の時と一緒だなぁ?」
 からかうようにローディンに声をかける。彼は「そうだな」と頷いた。
「何かあったのか?」
 レグは尋ねる。ローディンはまたしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「私も、小さい頃同じような事をしていたそうです。全く記憶はありませんがね。」
「言っとくが大変だったんだからな。夜、『神様が呼んでる』とか言って家ん中うろついたり、『神様が言ったんだ』って言って一晩中絵描いてたり……。それで朝になったら何事も無かったかのように振る舞いやがってよぉ。」
 今でも鮮明に思い出せる。「神様が言ったのと違う」とか「神様、こうですか」とか言いながら虚ろな目で絵を描き続けた少年の姿が……。
「今はそうなる事は滅多にないのですが。……ただ、絶対に無いと言いきれないのがつらいですねぇ。いつまたこうなるやら……。」
「今やられたらマジで困るわ。やめてくれよローディンちゃん。」
 「努力はする」とローディンが言うのを聞きながら、オレはレグ達に目を向ける。
「ま、とにかくアレだ。ちゃんとお嬢ちゃんの事を見張っとく必要があるってコトだな。出番だぜ、騎士様。ちゃんとお嬢様を守ってやんな。」
 レグに向かってにぃっと笑いかける。
「言われなくても分かっている」
 彼は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

冒険者達の記録書 第71話 おかあさんがまってる

Hellarno
 その日の夜。オレは廊下に出ていた。腹減った。厨房にでも忍び込んでつまみ食いでもしてこよう。そう思って歩いていると、小さな人影が目に入った。長い黒髪に、白い寝巻きを着た少女。……テノールだ。彼女もつまみ食いか?だなんて思いながら近づく。が、様子がおかしい。
「お嬢ちゃん?」
「……さん、が……おかあ、さん、が、まってる……いかなきゃ……」
 うわ言のように「おかあさんがまってる」と繰り返し呟き、ふらふらと歩く彼女。
「お嬢ちゃん。そんな事言ってないで早く寝な。」
 彼女の肩を抱き、引き返すよう誘導する。
「……じゃま、するのか?」
 テノールはオレを睨む。どうやらすんなりとオレの言う事を聞いてはくれなさそうだ。こうなったら実力行使だ。オレは彼女の腕を掴んだ。
「はなせ」
 テノールは暴れる。だが、幼い少女の力では大人の男であるオレにはとうていかなわない。オレに氷の魔法を使おうともしたようだが、オレは炎の魔法を使って氷を溶かした。
「いや、おかあさん、たすけて、どこ、どこにいるの、ねえ」
 テノールを彼女の部屋へと運ぶ。始めは抵抗していたようだが、しばらくすると大人しくなった。
 部屋に着き、ベッドに彼女を転がす。
「ごめんなぁお嬢ちゃん。こうしなきゃお前を止めらんねぇんだよぉ。」
 声をかけてみるが、反応はない。彼女は気を失っていた。
「うっわ、マジでごめんなお嬢ちゃん。」
 彼女の頭を撫でると、嫌そうに身をよじった。気絶していてもオレは彼女に嫌われているらしい。
「……」
 彼女の隣で寝転んで、監視する。またどこかへ行ってしまわないように。
「……同じような事、あったよなぁ……はぁ。『呪いの子』だの『祝福の子』だのって、皆こうなのかな……」
 頬を手で支えながら、オレはこう呟いた。

『A』 第14話 市場

Neal
 市場はいつもよりも人が少なく、寂しい感じがした。多分、この前のストレンの事件の影響だろう。
「ここに来るのも数日ぶりだなぁ。」
 ふとアルバを見ると、彼女は黙り込んで何かを考えているようだった。
「アールバっ」
 彼女の肩を叩く。きゃっと可愛らしい声を出して彼女はオレを見た。
「何考え込んでるんだ?」
「えっ、あ、昼ご飯をどうしようかと考えていたんだ。ニール、何か食べたいものはあるか?」
「何でもいいから腹いっぱい食べたい。あー、でもまだまだそんな贅沢なんかできないよなぁ。」
 あーだこーだ言いながら、アルバを観察する。……本当は昼飯のことなんか考えていなかったんだろう。もっと深刻な事を考えていたに違いない。
 今みたいに、たまに彼女は暗い表情をする。何かに苦しんでいるような、怯えているような、そんな表情だ。記憶を失くして何も分からず、不安になっているのだろうか。それとも、何かつらい事でも思い出してしまったのだろうか。詳しい事はオレには分からない。だけど、彼女がとにかく苦しんでいるということは分かる。何があったときつく問い詰めても余計に彼女を苦しめてしまうだけだ。だとしたら、オレ達に出来ることは……彼女に優しくすることぐらいだ。なるべく暖かく接してしてあげよう。それで少しでも彼女の不安が消えると良いのだが。
「あっ、ニール!」
 聞き覚えのある声。見ると、皮製の質素な鎧を着たディーと鉄の甲冑に身を包んだ男がいた。多分、あの男はゼノンだろう。
「ニール、家でじっとしてるんじゃなかったの?」
「買い物ぐらいさせてくれよ。家に食いもんがないんだよぅ。」
 言ってくれたら買ってきたのに!とディーは頬を膨らませる。
「……」
 ゼノンはアルバをじっと見ている。
「ぜ、ゼノン?」
「ディーから聞いたぞ。あの時ストレンを倒したのはやはりお前だったのだな。何故言わなかった?」
「……すまなかった。ニール達に心配をかけたくなかったんだ。」
 アルバは申し訳なさそうに言う。心配かけたくないとか、そんな気を遣わなくたっていいのに。
「まあまあゼノン、そう責めてやるなって。」
「しかし、もし彼女が最初から言ってくれていれば……」
 まいったな、ゼノンは説教が長いんだ。なんとかして話を逸らしたい。オレはディーに目を向ける。彼は小さな木箱を持っていた。
「ディー、それは?」
「これはね……」
 箱を開けるとトカゲが4匹ほど入っていた。
「うげ、えっ何だコレ、トカゲ?」
「うん。そこの森で捕まえてきたんだ。」
 トカゲはもう一匹のトカゲに噛み付き、もぐもぐと食べている。食われているトカゲは暴れながらも、同じように他のトカゲに噛みついている。箱の中は甘い匂いのする黒い液体で汚れていた。……隅っこには餌として用意したであろうミミズが転がっていた。
「共食いしてるじゃないか。」
「共食い?……あっ!ホントだ!ゼノン、これって……。」
 急に慌てるディー。ゼノンは落ち着き払った様子でディーから箱を取り、早足で歩いていく。
「研究室へ持って行こう。」
「うん!ごめんニール、また後で!」
 ディーも小走りで去っていった。
「なんだったんだ?あれ。」
「さあ?」
 アルバと顔を見合わせる。ディーが帰ってきたら聞かせてもらおう。
「そんなことよりも飯だ飯。買いに行くぞ!」
 アルバの背中を軽く押し、オレは1歩踏み出す。彼女もつられて歩き出した。
 
 買い物を終え、オレ達は家に帰り昼飯を食べた。
「ごちそうさま。美味かった!ありがとうな!」
「……」
 アルバは暗い顔をして中身の残った器をスプーンでかき回している。……その暗い表情の原因は、恐らく。
 買い物をしていた時の事。店員や道行く人々が彼女をジロジロと見ていた……気がしたのだ。いや、第三者であるオレでも気付いたのだからきっと気のせいではないだろう。彼女もそれに気付いていたらしく、「何か粗相をしてしまっただろうか」と申し訳なさそうに呟いていた。
「気にすんなって!まだここに来たばっかりなんだし仕方ねぇよ!」
 オレはアルバを元気づけようと声を張る。彼女は「そうだな」と微笑んだ。だが、飯を食う手は止まったままだ。
「アルバ。あのな?つらかったらつらいってちゃんと言ってくれ。一緒に暮らしてるんだし、な?」
「……うん。ありがとう。でも、今は大丈夫だから。」
 苦笑いを浮かべる彼女に、オレは何も言えなかった。
 
「ただいま……」
 ディーが帰ってきた。……なんだか元気がない。
「すごく疲れたよ~……」
「おうおうどうしたディー。何かあったか?」
 ディーは大きなため息を吐く。
「さっきトカゲ見せたでしょ?あれが巨大化してストレンになっちゃったんだ。ゼノンがすぐ倒してくれたけど……。」
「ストレンに?」
 ディーは縦に首を振る。
「この前の事件で巨大化したトカゲが紫の森から来たって聞いて、そこの入り口付近まで行って怪しそうなのを何匹か捕まえてきたんだ。そしたら予想通り巨大化しちゃって。」
 紫の森……アルバが倒れていた場所か。アルバをちらりと見ると、彼女は首を傾げていた。……そういえば、彼女にはまだあの森の事は話していなかったな。
「紫の森ってのはこの街の東にある森で、その森の奥には、吸うと気が狂うと言われている『毒の霧』が立ち込めているんだ。……お前、その森の入り口で倒れていたんだぞ。紫色の土や植物が衣類に付着していた事から、森の奥まで行って帰ってきたところで倒れたんだろうとオレは考えているが……。」
「気が狂う、ねぇ。」
 アルバは低い声で呟く。
「その森の奥まで行って無事に帰って来た者はいるのか?」
「奥まで行って帰って来られた者はごく僅かだ。それに……帰って来た者は皆、数日も経たないうちに狂い死んでいる。」
「……」
 アルバはまるでオレたちの顔色を窺うように、しばらくオレとディーの目を見ていた。
「皆、死んでしまっているのか。……私だけが生きているという事についてはどう思う?」
「そりゃあお前、運が良かったんだよ。何もかも忘れちまったっていうのは残念だったが……。」
「……」
 アルバは再び黙ってしまった。
「アルバ?どうしたの?」
「……何でもない」
 彼女は笑顔を作る。
「ディー、夕飯出来てるから食べようか。とりあえず手を洗っておいで。」
「う、うん」
 パタパタとディーは走っていく。アルバは貼り付いたような笑みを浮かべていた。
 
 
 次の日、街中にて
 
「ゼノン様、トカゲ病になってしまったんですって」
「ストレンの血を大量に浴びてしまったそうね。鎧でも防げなかったらしいわよ。」
「ストレンの体液は猛毒だっていう噂は本当だったのね。」
「この前の居住区の事件の時だって、兵士様がたが手袋を何重もしてストレンの死骸を回収なさったそうよ。」
「まぁ恐ろしい。……そういえば、その事件でストレンを倒した女性も返り血をたくさん浴びてしまったそうね。」
「あらいやだ。私、その女性を昨日見たわ。倒れるどころかピンピンしてたわよ。一体どういう事なのかしら。」
「そういえば、私、聞いた事があるわ……」

冒険者達の記録書 第70話 男として

Reg
「よしっ、できた!」
 ルギは伸びをする。どうやら写本が済んだようだ。紙を見ると文字がぎっしりと書かれていた。……本に書かれていたものとそっくりな、ミミズの這ったような文字だ。
「おまたせ!これだけあればジューブンだぜ!」
 ルギは紙をまとめて抱える。
「なぁルギ、その本は何が書いてあったんだ?」
「これ?さっきメリーサを邪魔するのにピッタリな魔法があるって言っただろ?ここにはその詳しい手順が書いてあったんだ!」
 これを書いたオレ、ナイス!とルギは笑う。俺もつられて笑った、が、ふと先ほど聞いた声が気になって俺は顔を伏せた。
「レグ?さっきからどうしたのか?」
 テノールは俺をじっと見る。それにつられてミクとルギも視線を俺に向けた。
「……少し気になる事があってな。さっきの水晶玉……あれに触った時、変な声がしたんだ。……『赤い目は殺される』って。」
「!!」
 ミクはテノールを見る。ルギも紙の束を抱えたまま固まっていた。
「あ、赤い目ってテノールのことじゃんか!」
「館長さん、言ってたよね。あれは占いに使われてたって。だとしたらその声って……もしかして、予言だったりして……。」
 ミクがそう言った瞬間、その場の空気が凍りついた。
「ご、ごめん。不吉だったよね。」
「……私、殺されるのか?」
 彼女はじっと俺を見る。俺は彼女の頭を撫でた。
「大丈夫だ。」
 そう言ってはいるが、彼女の、そして俺の不安は晴れない。暗い気分のまま俺達は帰った。
 
 ここは城の中。レージェとローディン、ヘラーノも集まり、ルギの話を聞いていた。
「……それでな!メリーサを邪魔する魔法なんだけど、それには2つの物が必要らしいんだ!1つ目は『ルーナ・カエルレウム』……『青い月』って呼ばれていた石。アレンの弟子が生み出した人工の山にしかない鉱物で、良質な魔法の素材として高額で取り引きされていた……らしい。2つ目は『星の杖』。メディステール王家に献上された最高級の魔法杖だって。レージェ、何か知らない?」
 ルギに呼び捨てされた事にも動じず、レージェは手を頬に当てる。
「宝物庫にあるかもしれない。探しておくわ。」
「問題は『青い月』だね。どんなものなんだろう?」
 ミクとルギは揃ってうーんと唸って考える。が、結論は出ない。
「また明日考えましょう。」
 レージェの声で、その場はお開きとなった。
 
 部屋には俺とヘラーノだけが残った。俺も部屋を出ようとした時、「レグ」とヘラーノに名前を呼ばれた。
「お前、『青い月』の正体に気付いているんじゃねぇの?」
「ああ、断言は出来ないが……コレだろう?」
 俺は剣を抜く。青い剣。この素材となっている石は、故郷ギーバの外れにある洞窟でしか採れない青い石だ。
「『青い月』。恐らく、その石が青いことで呼ばれた名だろう。我が家には『月の宝玉』という、同じ『月』という言葉が入った家宝がある。関係ないことは無いだろう。」
 思えば、この宝玉が、俺が行動を起こすきっかけだったのだ。2年間洞窟にこもっていた俺はこれの異変に気付いてそこから出た。それからルギやミク、そしてテノールと出会い……そして今、敵だったはずのローディンやヘラーノとも仲間として共に歩もうとしている。
「何ニヤニヤしてんだ?カワイイ女の子の顔でも思い浮かべたのかぁ?」
「お前と一緒にするな!」
 そう言って抗議したが、ヘラーノに肩を叩かれた。
「オレにはちゃーんと分かってるぜぇ。お前も男だもんなぁ。ちょっと今夜飲みに行くか?オレ、キレイな姉ちゃんがいる店知ってんだよ。」
「待て、絶対分かっていないだろう。俺は……」
「そうか。お前にはあのちっこいお嬢ちゃんがいるもんなぁ。互いが互いを想いあってるなんて羨ましいねぇ、アツアツラブラブカップルだねぇ。」

 「ちっこいお嬢ちゃん」がテノールを示していることはすぐに分かった。
「人の話を聞け!だいたい、俺とアイツはそんな関係ではない!」
 「いやいやいや」とヘラーノは首を振る。
「どう見てもカップルだろ。あの娘だってお前の事を信頼してるみたいだし。あの娘、オレみたいな大男の前だとどんな態度とるか知ってるか?すっげえ震えながら『こっち来るな!』って子猫みたいに威嚇するんだ。」
「お前、またテノールを怖がらせるような真似を……!」
 俺はヘラーノを睨む。まあ待て待てとヘラーノは手を振る。
「オレはただ近付いただけだよ。ローディンやルギは大丈夫そうなのに何でオレだけ怖がられるかなぁ……いや、そうじゃなくて……えーっとな。お前はあの娘に超信頼されてるって言いたかったんだ。お前だってガタイがいいし、オレより目つきも悪い。だけどあの娘、お前にデレデレだろ?」
「それは……俺が、家族の代わりに甘えられる存在となっているからだろう。」
 彼女の甘え方は、とても異性に対するようなものではない。子供が親にするような甘え方だ。
「それって男として見られてないってコトかぁ?可哀想に。」
「いや、それでいい。今のあいつには、遠慮なく甘えられる存在が必要だ。」
 俺達と出会うまで、テノールは他人に愛情を注がれた事はなかった。頼る者がいない中、彼女が受けた仕打ちはあまりにも惨すぎた。
「誰かがテノールを癒してやらないと、彼女は完全に狂ってしまう。だから……」
「お前がお嬢ちゃんを癒すってワケか。」
「そうだ。何があってもアイツを守り、愛情を注ぎ続ける。」
「素晴らしい騎士様だねぇ。ずっとか弱いお嬢様を守り続けるってか。」
 そこには皮肉も込められているのに気付いたが、あえて頷いた。
「ああ。俺はずっとテノールを守る。それで、アイツが強くなったら……今度は俺が『男』として認めてもらうんだ。」
「へぇ」
 ヘラーノの口の端が吊り上がる。
「なかなか良い理想持ってんじゃねぇか。お前の事は気に入らねぇが、1人の男としてこりゃあ応援せずにはいられねぇ。頑張りな。」
 彼は俺の背中を叩く。痛いじゃないかと言い終えないうちに、彼は部屋を出ていってしまった。

冒険者達の記録書 第69話 猿真似の交渉

Reg
「やるべき事?」
「ああ!」
 ルギは元気に頷く。
「この本を読んでちょっと分かりかけてたんだけど……これに触ってみたら変な声が聞こえてさ。その声のおかげで、ブレイジアの魔術を防ぐ方法が完全に分かったんだ!」
 ルギは拳をグッと握る。「これ」、とはこの水晶玉のことか。変な声……俺には不吉な予言じみた声が聞こえたが、ルギの聞いたものとは違ったのだろうか。
「ルギ、その『方法』とはどんなものだ?」
「えっとなー……ブレイジアの魔術って、成功させるにはたくさんの条件があるんだ。だから……」
「その条件が満たされないよう、邪魔をする。そういう事か?」
「そう!それでさ、その『邪魔』にピッタリな魔術があるんだよ!」
 ルギは本棚から本を1冊取ってきて、館長に見せる。
「なぁなぁオッサン!この本借りていいか!?」
「な、なんだね君は!駄目に決まっているじゃないか!」
「えぇーっ!……どうしても?どうしてもダメ??」
 ルギは館長に詰め寄る。
「これオレが書いたやつなんだよう。ほら、ここに『ルギ・テーネ』って書いてあるだろ?」
「何百年前の本だと思ってるんだ!私をからかうのもいい加減にしなさい!」
「ルギ、その辺にしておけ。」
 片手でルギを制し、本を取る。
「ご無礼をお許しください。ですが、この本は我々が求めていたものなのです。」
 冷静に。謙虚に。
「この者、ルギはレージェシアン女王様からの援助を受け、古代メディステール、そしてブレイジアの文字の解読をしている者です。文字の解読が進めば、古代メディステールやブレイジアの遺物や新しい魔術の発見に繋がることでしょう。そうなれば、この博物館の展示品も増えること間違いなしです。どうか写本だけでも許可していただけませんか。」
 相手にも得がある事を示すのを忘れずに。嘘も方便。権力者の名前を出す事も時には有効。妥協はタイミングを見計らって。……我が弟、ロンドお得意の交渉術……を真似たものだ。女王の名前を出すのは少し胡散臭すぎる気がしたが、こちらには彼女が書いた許可証があるのだ。信じてもらえないということはないだろう。そして……俺の考えでは、館長はとても欲深い人だ。でなければローディンが「落書き帳」と言ったような品を高額で落札するようなことはしない。そんな彼が「コレクションが増える」と聞いて黙っていないはずがないのだ。……さて、どうなるか。俺は館長をじっと見る。
「……分かった分かった。写すだけだよ。」
 彼は俺の視線を避けるように手をひらひらと振った。交渉成立。俺は頭を下げた。
「ありがとうございます。」
 「感謝の言葉はちゃんと言っておくようにね。君はちょっと堅い感じでお辞儀するといいと思うよ」。これもいつか聞いたロンドからのアドバイスだ。ありがとう我が弟よ。お前の猿真似で兄は交渉を無事成功させたぞ。
「紙とペンを持ってこさせるから、少し待っていなさい。」
 館長は部屋を出ていった。
「やったね、レグ!」
「ありがとうな!!」
「……すごい」
 ミクとルギ、テノールは俺を称える。が、調子に乗るにはまだ早い。俺は机の上に本を置いた。
「ルギ、どこを写す?」
「これの……このページ!」
 ルギは本を開く。ミミズの這ったような文字がぎっしりと詰まっている。
「これ、本当にお前が書いたのか?」
「ああ!……多分!」
 ルギがそう頷いたところで、館長が入ってきた。目の前にドサリと白紙の山とペンとインクが置かれる。こんなに必要だと言った覚えはないのだが……。
「ありがとーオッサン!今度解読したやつオッサンにも見せるからな!」
「その呼び方はやめろ」
 ルギの頭を軽くはたき、館長に再び頭を下げる。頭を上げた時には、ルギはもう写本の作業に移っていた。

冒険者達の記録書 第68話 博物館

Reg
 次の朝。朝食を終えた俺達は、それぞれ外に出る支度をしていた。
「レグ。レグも準備できたのか?」
 テノールがとてとてと歩いてくる。姿を隠すためだろうか、彼女は黒い外套を身に付け、化粧もしていた。
 傷付いた真っ白な肌はペールオレンジの化粧で綺麗に隠れていた。ほんのりと薔薇色に色づいた頬が何とも愛らしい。
「どう?私の手にかかればこんなもんよ!」
 隣でレージェが胸を張る。どうやら化粧は彼女が施したようだ。
「凄いな、まさかお前にこんな特技があったとは……。」
「なんか馬鹿にされてる気がするけれど、いいわ。気にしない。……ああそうだ。はい、レグの分。」
 焦げ茶色の布を手渡される。薄く軽い素材で出来た外套。これを着て大きな鏡の前に立つ。よし、俺の青い髪もちゃんと覆うことが出来そうだ。昨日用意してもらった服と合わせると、なんだか盗賊や傭兵のような服装に見える。
「レグもカッコいいな!剣とかしゅって出して戦いそう!」
 ルギも同じような事を考えていたのだろうか、剣を構えるような真似をしていた。
「あんなんではしゃいじまって……お子ちゃまだねぇ」
 ヘラーノはニヤニヤしながらこちらを見ている。ローディンは手帳に何か書き込みながら適当に相槌を打っている。
「よし、できた。今日の『商品』だ。」
 ローディンは手帳をヘラーノに渡す。ヘラーノはそれをペラペラ捲る。その顔はだんだんと驚愕の表情に変わっていく。
「えっ?……何お前こんなお宝さらっと生み出しちゃってんの??」
「どれくらいで売れそうなんだ?」
「1000万イティでも足りないくらいだ。下手すりゃその倍ぐらいぼったくれるかもしれねぇぜ。ここの金持ちは財布の紐が緩いからなぁ。」
「こんな落書き帳1冊で1000万?チョロいなぁ」
 2人は顔を見合わせて悪どい笑みを浮かべている。1000万イティの価値がある手帳とはどんなものか。俺は彼らに近寄った。
「そんなに凄いのか?」
「さて、どうでしょう?見ます?」
 そう言われたら見るしかあるまい。俺はその手帳を覗き込んだ。
「……す、凄いな」
 そうとしか言いようがなかった。そのページに描かれていたのは、1枚の葉の絵。本物の葉を色だけ抜いてそこに置いたように見えて、思わず触りそうになってしまった。精巧で、それでいて無駄な線が一切無いリアルな絵。このような絵があと何十ページもあるのかと思うと、それを黒い鉛筆1本で描いてしまう彼に一種の畏敬の念を抱いた。
「さて。私達はそろそろ行くとしましょうか。」
 ローディンは立ち上がる。が、少し足を押さえたのを俺は見逃さなかった。
「怪我は大丈夫なのか」
 そうだ、彼は足に怪我を負っていたはずだ。
「ええ。心配は無用です。これを売るのはヘラーノに任せて、私はすぐにここに戻るつもりですから。」
「最初は一緒に行く予定だったが、やっぱ無理させらんねーからなぁ。その怪我負わせちまったのオレだし。」
 ヘラーノも立ち上がる。2人はそのまま部屋を去っていった。
 
 それから少し経って、俺達も城を出た。今はこうして街中を歩いている。街は花壇やオブジェなど、きらびやかな物で溢れていた。
「すごいね、フロー村やギーバとは大違い……あっ、テノール!見て見て、化粧品専門店だって!」
 ミクは化粧品の店や仕立て屋を見て目を輝かせている。テノールもミクの指さす方向をじっと見ていた。やはり2人とも女の子だな。
 俺はこちらに危害を加える者がいないか辺りを見回していた。ここは大都会で、ここの人達にとって俺達は外国人で田舎者。いつ盗っ人に狙われるか分からないのだ。すでにこちらをチラチラと見ている怪しい者が1人2人いたが、俺が睨むとどこかに逃げていった。
「よし、着いた!!」
 ルギは目の前の建物を見上げる。2つ並んだ大きな建物。今日の目的地である、博物館と図書館だ。まずは博物館に入ろうと、入館の手続きをとった。
 
「館長がいない?」
「はい、申し訳ございません。」
 職員は申し訳なさそうに頭を下げる。レージェから貰った許可証を館長に見せようと思ったのだが、あいにく館長は出かけているようだ。
「近くでゲリラオークションがあるそうで……。出品されているのが画家ローディン・ベルフィスの画集だと聞いて、飛ぶように出ていってしまいました。」
 今朝ヘラーノが言ってたやつか。どこかの質屋にでも入れるかと思っていたが、まさかオークションを開くとは。
 館長がいないなら仕方がない。一般の作品を見よう。俺達は奥の部屋へと進んだ。
 
 少し進むと、「錬金術時代」と書かれた看板があった。目当ての展示品はここにあるに違いない。俺はその部屋をゆっくりとまわることにした。
「……」
 ルギは展示品を見上げて動かない。目の前には、よく分からない文字が刻まれた大きな石版が。
「オレの名前……ほら、『ルギ・テーネ』って!他に……レリィ、ユウリ……メリーサ!これ全部人の名前だ!オレ、この文字読めるよ!」
「そ、そうなのか?俺にはよく分からんが……」
 「メリーサ」はもちろん、「レリィ」という名前も聞き覚えがある。昨日ローディンに見せてもらったあの紙の束。それに確かにその名前が書かれていた。
 他にも錬金術時代の物はある。注意深く見ていこう。
 
 興味深い展示品はいくつもあった。だが、「ブレイジアの魔術」に関するものは見つからなかった。
「これではただの観光ではないか……」
 そう落ち込んでいた時だった。先程の職員がやってきて、「館長が戻ってきた」と言ったのだ。すぐに俺達は館長のもとへ向かった。
 
「いやぁ、待たせてしまったねぇ!」
 館長はかなりご機嫌だった。
「今朝オークションがあるって聞いたんだ。しかも出品されているのはかの有名なローディン・ベルフィスの画集!知ってるかね?ローディン・ベルフィスはルフェーリアの貴族の家に生まれた『祝福の子』、いや『奇跡の子』でね。伝説の地ブレイジアにいる神のお告げを頼りに絵を描いたと言われ、15歳の頃から『奇跡の地』『生ける屍』などの数々の名画を生み出し……」
 館長は咳払いをする。個人的に気になるからもう少し聞きたかった。
「……とにかく、私はこの画集を手に入れたのだよ!帰りの馬車の中で少しペラペラとめくってみたがそれはそれは素晴らしくてね!4000万イティ払った甲斐があったよ!」
「4000万!?」
 思わず声が出てしまった。確かヘラーノは「1000万イティで売れる」と言っていなかったか?それほどの「商品」を作り上げたローディンはもちろん、それを予定の4倍の値で売ったヘラーノにも類まれなる才能があるのだと尊敬せざるを得なかった。
「……ええと、それで。『特別資料室』に入りたいのですが。」
 館長に許可証を渡す。「特別資料室」とは、その名の通り一般人は見ることが出来ない特別な資料が置いてある部屋だ。その資料の閲覧を、機嫌の良い館長は快く許可してくれた。
 
「……」
 特別資料室に入る。ここには博物館と図書館両方の資料があるそうで、左に展示物、右に本棚が並んでいた。
 その中で大きな絵が目に入った。『学校』と題された、奇妙な形の建物の絵。窓の外を見ているようなリアルな絵。その絵の右下には、拙い字で「Roadin Belphys」と書かれていた。
「……」
 ミクとテノールはじっくりと展示物を見ていた。ルギは……本棚にいるようだな。
「ルギ?」
 彼は目を輝かせて本を読んでいた。やっと欲しいものが見つかった、というように。
「その本がどうかしたのか?」
「……」
 俺の声も聞こえていないようだ。後ろからその本を覗き込んでも、先ほどの石版に刻まれていたような変な文字で書かれていて全く読めなかった。
 
 結局、「ブレイジアの魔術」に関する資料は見つからなかった。それほどアレン・ルデュークがその魔術の研究を秘密裏に行ってきたのか、それとも残った弟子がその魔術の資料を消してしまったのか……。……そういえば、本棚はまだ調べていないな。もしかしたら何かあるかもしれない、とそこに向かおうとした時。
「ん?これかいお嬢さん。これはねぇ……」
 館長はミク達に何やら説明している。彼女らの前には水晶のような玉が。
「どうしたんだ?」
「ねえねえ、聞いてレグ!この水晶玉、ブレイジアにあったんじゃないかって言われてるんだって!」
「この玉が?ずいぶんと磨り減っているようだが……」
「これは占いの道具に使われたのではないかと私は思っているのだよ。ただの推測だがね。……それに、これに触ると力が湧いてくるように感じるんだよ。触ってみるかい?」
「えっ、いいんですか!?」
「どうぞどうぞ。」
 ミクは恐る恐る水晶玉に触る。
「……本当!なんだか元気になったみたい!テノールも触ってみようよ!」
「わ、私は……いい。壊しちゃいそう。」
 テノールが断り、ミクは俺に目を向ける。俺も触ってみようか。俺は人差し指でそっと触れた。
 ……その瞬間。ハンマーで殴られたような衝撃が指先から頭まで走った。
『赤い目は殺される。』
 響くような低い声が聞こえる。たまらず俺は指を離した。
「レグ?」
 テノールは俺を赤い目でじっと見つめる。……そうだ、この娘は赤い目をしているのだ。そして、さっきの声は何と言っていた?「赤い目は殺される」と、そう、言って……。
「……テノール
 不吉だ。あまりにも不吉すぎる。俺は震える手で彼女の手を握った。
「どうしたんだ?」
 ルギが本棚の陰から姿を現す。ミクが何か言いに行ったようだが、そんなことはどうでもいい。何故あんな不吉な声が聞こえたのか。気になって気になって仕方がなかった。
「る、ルギもどうしちゃったのか?」
 テノールの声ではっとする。ルギは水晶玉に触ったまま微動だにしない。もしかして彼も同じような声を聞いたのだろうか。俺はルギを見た。
「……」
 彼は黙っている。何があったと訊ねる前に、彼はバッと顔を上げて明るい顔でこう言った。
「オレ、やるべき事が分かったかも!!」

冒険者達の記録書 第67話 2人の男の夜

Reg
「来たわね」
 夕食が終わった後。レージェの部屋に来ると、レージェはもちろん、ローディンもいた。彼は銀髪に紫の目、そして本来よりも男性的な顔立ちに姿を変えていた。
「なんです、我々をこんなところに呼び出して?」
 ふぁあ、とローディンは欠伸をする。女王の部屋を「こんなところ」呼ばわりするのは、きっと彼ぐらいだろう。
「明日のことについて、それから、ブレイジアについて聞いておきたいことがあってね。」
 レージェはローディンを見る。
「ローディン。あなた、ブレイジアの事、知ってるでしょ?」
 絵の具で塗ったような紫色の目を明後日の方向へ向け、「ええ」と答えた。
「それを貴方が知っているということは、本当に私の作品を見てくださったのですねぇ。ありがたい限りです。」
 作品?どういう事だ?
「私は、主に『伝説の地ブレイジア』の景色や生き物を描いていたのですよ。これが意外に金持ちや聖職者らにウケてしまいましてね。」
 やれやれとでも言うように、ローディンは手をヒラヒラと振った。
「ブレイジアの!?……それはお前が自分で考えた、架空のものなのか?」
「架空かどうか、と言われてもハッキリとした答えは出せませんねぇ。幼い頃、よく夢を見ていたのですよ。ブレイジアに来ている夢をね。それを絵にしていただけなのです。なので、ブレイジアについて知りたいなら私の話を聞くよりも色々と調べた方が確実かと。ああ、そういえば。確か、ここの博物館の館長に絵を何枚か売った気がしますね。もしかしたらその博物館に飾られているのでは?」
 それは良いことを聞いた。明日、博物館に行ったら探してみよう。
「あまりお役に立てず、申し訳ございません。ご用はこれで全てでしょうか?」
 もうすでに帰ろうとしているローディンを、レージェは呼び止める。
「明日はどうするの?」
「明日、ねぇ。恥ずかしながら、お金があまりないのです。着の身着のまま出ていって、ここで何もせず過ごしていたのでね。なので、金儲けでもしながら調査をしましょうか。」
「金儲け……何をするのよ?」
「アイツ……ヘラーノはああ見えても商人でして。私の持ち物を売ってもらおうかしらと思っているのです。」
 ローディンは服のポケットから手帳を取り出す。
「くすっ、画家の鉛筆画が詰まった手帳です。高く売れそうでしょう?昔同じようなことをして、絵を描いたハンカチ1枚が200万イティぐらいで売れましたからね。まぁ、しばらく食っていけるだけの金は稼げるかと。……それよりも。いいのですか、彼を放っておいて?」
 ローディンは俺を見る。ああそうだ、とレージェは手紙のようなものを俺の前に出した。
「美術館と博物館の許可証よ。これで一般人でも見られないような展示品も見られるわ。」
「ありがとう、レージェ。」
「……それと」
 彼女は少し声を潜める。
「あなた、明日は姿を隠して行きなさいよ。自分がすごく目立つ格好だってこと、分かってる?」
「えっ?」
「えっ?じゃないわよ。その真っ青な髪と目!いくらファッションの国メディステールでも目立つわ!」
 彼女は先ほどまで声を潜めていたのも忘れて怒鳴る。
「あっ、これか!」
 俺は1つに束ねていた自分の髪を掴む。確かに俺の髪は藍で染めたような青色だ。そして目は……左目は黒で、右目の色は髪と同じ青なのである。いわゆるオッドアイだ。ちなみに、これらは遺伝である。俺の双子の弟であるロンドはもちろん、叔父も父も目と髪の色は同じだった。我らギルガ家の先祖がニュンフェ族の者だったらしいが、それが原因か?とにかく、この髪と目をどうにかしなければならないな。
「目はともかく、髪をどうにかしないと。髪染めはあるけれど、髪の色をすぐに元に戻すのは難しいわ。」
「そこまでして隠す必要はない。大きめの外套1つあれば十分だ。」
「分かった。それも明日用意させるわ。」
「そもそも、何故姿を隠す必要があるのです?堂々と街中を歩くことはできないのですか?」
「……色々と、難しいのよね」
 ローディンの質問に、彼女は苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「もしや、テノール……『15番』が関係しているのでしょうか?」
「その通りよ。あの娘がカルリエッタの牢獄でしてきたことはもうすでに噂になってるの。ここに逃げてきた、カルリエッタの他の囚人が中心となって広めているそうよ。『アイツに出会ったら自分たちも殺される』って口を揃えて言っていたわ。」
「あの娘も相当奴らのことを恨んでましたからね。殺されるまではいかなくとも、出会ってしまえばただでは済まないだろうというのは間違ってませんねぇ……。」
 ローディンはくつくつと笑う。何がそんなにおかしいのかと問おうとしたが、まともな返事が返ってくるとは思えないのでやめた。
「……それはともかく。あの娘に対するイメージはあまり良いものではないわ。あの娘と共に行動している者……特にレグ、あなたもよ。あなたと『15番』について、変な噂ばかり飛び交っているの。『ギルガ家の長男が悪魔の女にたぶらかされている』だとか、『ギルガ家の長男が愛玩用の奴隷としてカルリエッタの囚人を捕らえた』とか……。その噂を聞いて、ギーバの住民がロンドの家に殴り込みに行ったって話も聞いたわ。」
「なっ……!」
 それを聞いて、思わず体が動いた。
「まあまあ落ち着きなさいな。悪い話ばかりでもないわよ。『グレーディオの火事を消してくれた』っていう話もそれなりに広まっている。あの娘が本当は良い子だってことを世間が分かってくれる日はそう遠くないわ。」
 その言葉に俺は胸をなで下ろした。
「……だが、俺のせいでテノールやロンドが悪く言われるのは耐えられん。どうにかできればいいのだが。」
「噂話はさすがに私やあなたでも扱えないわ。とにかく、明日はなるべく目立たないようにすることね。あなたも、『15番』……テノールちゃんも。」
 俺は頷いた。
 
 レージェの部屋を出た後。俺達は風呂に入り客室で寝る支度をしていた。明かりの灯らぬ簡素なシャンデリアの代わりに、机に置かれた大きなランタンが部屋を照らしていた。
「まったく、どうして私の所にこんなむさ苦しい野郎が来るんですかねぇ。部屋が狭く感じますよ。」
 俺達が泊まる時に、ある問題が生じた。部屋が足りないのだ。仕方なく、俺はローディンと同じ部屋で寝ることになってしまった。
「悪いな、ローディン。一緒の部屋で寝ることになっちまって。」
「別に構いませんが、私はソファで寝かせていただきますよ。ベッドが離れているとはいえ、貴方のような大男の近くで寝るなんてごめんです。」
「お前も俺と同じくらいの身長じゃないか」
 ローディンはソファに座り、どこから持ってきたのか、きつね色のマドレーヌを食べる。バニラの甘い香りが広がった。……腹が減る匂いだ。
「あげませんよ」
 俺の視線に気付いたのか、彼はマドレーヌを隠した。どうやら、彼はかなりの甘党のようだ。夕食のデザートも美味そうに食べていたし、ミクによると、昨日はテノール氷菓子を作るよう頼んでいたそうだ。
「それ、どこから持ってきたんだ。」
「ミクからいただいたのです。気晴らしにメイド達とお菓子作りをしたが、作りすぎたそうで。」
 もぐもぐとマドレーヌを食べながら、彼は左手で何かを掴んでいた。
「そういえば、レグ?コレは何でしょうか?」
 ローディンは左手から小さく折り畳まれた紙を出す。黒い塔のローディンの部屋から俺が持ってきたものだ。
「人の部屋に勝手に入った挙句に盗みを働くとは感心しませんねぇ。まぁ、これは元々貴方の家のものですから、人の事は言えませんが。」
「す……すまない」
「それで?コレに興味があるんでしょう?」
 紙の束を開き、最初のページをめくる。そこには「ギルガ家の魔術」と書かれていた。
 ギルガ家に伝わる、魔法について書かれた書物。その書物は古代のブレイジアの文字で書かれていたそうで、ローディンはそれを俺達の家から持ち出し解読し、この紙の束に書き写したのだそうだ。
「そういえば、何冊かそんな感じの本があったな。変な文字で書かれてて、全く読めない本が。あれが古代ブレイジアの文字だったのか……。何でそんなものが我が家にあったんだ?」
「貴方の家のご先祖さまがブレイジア人……つまり、ニュンフェだったのでしょう。貴方のその青い髪もご先祖さまから受け継いだものなのでは?」
 確かに、ギルガ家の先祖はニュンフェだと言われている。ルギの話だと、ニュンフェ族=ブレイジア人と考えて間違いないようだ。だったらあの本は俺達の先祖が所有していたものなのだろうか?
「読んでみます?」
 ローディンはニッコリと微笑む。俺は頷く。ランタンの光を頼りに、俺は紙を覗き込んだ。
 
「……なるほど」
 どうやらローディンが持ち出した本は、「レリィ」という男の日記のようだ。彼はルギと同じくアレン・ルデュークの弟子で、ルギのことを『若くして不老不死の魔術を会得した、将来有望な同僚』と称していたようだ。そんな中で、俺は気になるものを見つけた。日記の最後に書かれたこの記述だ。
『あの男がそんな事を企んでいたとは。あの魔術が完成してしまえば国が、いや世界が危機に晒される。あの男を王にしてはならない。何としてでも止めなければ。』
 この記述を最後に、日記は終わっている。
「……残念ですが、ここで日記のページが切れたようですね。」
 「あの男」とは、アレン・ルデュークの事だろうか。レリィとやらも彼の企みに気付いていたのか。続きはもしかしたら俺の家に置いてあるのかもしれない。帰ったら探してみよう。
「……」
 ランタンの火が消えた。中の蝋燭が燃え尽きたのだ。今日はもう遅い。俺とローディンはそれぞれ自分の寝床に潜った。

冒険者達の記録書 第66話 交流

Reg
 それから、俺達は情報を交換した。俺はヘラーノと戦ったこと、ルギはメリーサやニュンフェ、トイフェルのことを話した。レージェからは俺達がいない間のメディスの様子を、ミクからはメリーサがここに来たことを聞いた。
「ミク達がいた部屋に来たのか?そこまで来られておいてよくみんな無事だったな。」
「うん。ローディンのおかげよ。」
 テノールも先程同じような事を言っていたな。
「女の子2人にこんなに感謝されるなんて、やるなぁローディン。一体お前何したんだぁ?」
 ヘラーノが茶化すように尋ねる。俺も、今後の対策を練るために是非とも聞いておきたい。
「あー、えぇと、」
「縛ってもらったの」
 はっきりしないローディンの代わりに、テノールが答える。今、「縛ってもらった」と聞こえたが、気のせいか?
「動けないように縛ってもらって、クローゼットに閉じ込めてもらったの。」
 血の気がさっと引く。気付いたら彼女の肩を掴んでいた。
「レグ、どうしたのか?そんなにあわてて……。」
 何か悪かったのか?とでもいうように彼女は首をかしげる。悪い事だらけだ。
「あのね。レグ。こうしてもらわないとだめだったの。絶対に、動けないようにしてもらわないと。そうだよね、ローディン。」
「えぇ。そこまでしないとこう上手くはいきませんでしたよ。もし私が少しでも縄を緩めていれば、この娘は自ら縄を抜けメリーサ嬢のもとへ行っていたことでしょう。」
 ローディンはため息混じりに呟く。ため息を吐きたいのはこっちだ。
「レグ?」
「何でもない。テノール、頑張ったな。」
 テノールの頭を撫でる。彼女は俺の手を握り、「ほっぺも撫でて」というようにゆっくりと頬ずりをした。
 
「さて、と。今後の対策を練る必要がありそうね。暴れていたトイフェル達はとりあえず捕らえて、『何らかの病気になった患者』として、郊外にある空き家を簡易的な病院にしてそこに収容したわ。今後同じような事を起こさないためにも、何か出来ることがあればいいのだけれど。」
 メリーサのせいで町中のトイフェルの人々が暴れ、城に押し入るという事件が起こったのだったな。それをレージェは(もちろん死者も出さずに)1人で全員捕らえたのだそうだ。
「それに、ブレイジアの魔術……か。ルギの話だと、国一つ消すほどの魔法らしいが……。」
 もしそれが本当なら何としてでも止めなければならない。
「……ああ、そうだ。レージェ、アレン・ルデュークという男を知っているか?」
 彼女は頷く。アレン・ルデューク。ブレイジアの魔術を生み出した錬金術師だ。
「魔術の歴史で、いわゆる『錬金術時代』に生きていた魔術師ね。ここに住んで、錬金術の研究をしていたそうよ。ルギの話によると、ブレイジアが消滅したのは彼が生きていたこの時代のようね。」
「その時代の資料は残っているか?」
「ええ、図書館や博物館に『錬金術時代』の書物や作品が残っているわ。」
 ならば、やる事は1つだ。その図書館と博物館を訪ね、『錬金術時代』について調べる。そうすれば、メリーサに対抗するための手がかりが掴めるだろう。
「もし行くなら明日にしなさいよ。あなた達、もうへとへとでしょ。」
 レージェは俺の考えを見透かしたように、呆れたような声で言う。
「もう夜だわ。部屋を用意させるから、あなた達は今日はここに泊まっていきなさい。」
「ああ、ありがとうな。」
 そこにちょうど、使用人が入ってきた。夕食の支度が済んだそうだ。それを聞いて、俺の腹が唸った。
 いざ食堂へ行こうとすると、レージェに肩を掴まれた。
「レグ。夕食が済んだら私の部屋に来なさい、いいわね?」
 俺は頷き、食堂へ向かった。
 
 テーブルには色鮮やかな食事が並んでいた。メディステールの高級料理の特徴の1つはその鮮やかな見た目である。パプリカやトマトなどの野菜を使ってそれを表現しているのだ。美しいものを食べれば自分も美しくなれる、という迷信めいた考えが元となって生み出された、見た目重視の料理だ。肉を使う事はほとんどなく、代わりに蒸した白身魚がよく使われるのだそうだ。味付けには果物や酒(主にオレンジや赤ワイン)を使った、酸味のあるソースが使われている。……味付けについては、正直に言って俺の好みではない。昔から酸味のある物(特に柚子やオレンジ)は大の苦手なのだ。レージェやその使用人は俺の好き嫌いを分かってくれているのか、俺が座る席には、塩コショウだけで味付けされた料理が置いてあった。
「……」
 ルギはモグモグと美味そうに料理を食べる。
「美味いのか、それ。」
「うん!なんか、ゴチソウの味がするんだ!何でか分かんないけど、この酸っぱいのがちょっとだけ懐かしいような?」
 「ゴチソウ」。これはメディステールの高級料理だ。めったに食べられないという意味では、確かにご馳走かもしれない。それに……アレン・ルデュークはメディステールに住んでいたのだったな。ということは、その弟子であったルギもここにいたということだ。はるか昔のメディステールに。だとしたら、同じようなもの……昔のメディステール料理を食べた記憶が蘇ったのかもしれない。ルギの記憶が少しだけでも戻っている。これは喜ぶべきことだ。俺はルギを見守りながら、食事を口に運んだ。

冒険者達の記録書 第65話 再会

Reg
 やっとメディスに着いた。なんとなく、町の人が前より少ない気がする。不穏な空気が漂っている気がする。間違いない、メリーサがここに来たのだ。だとしたら、テノールはもうとっくに……。いや、不安になってはいけない。とにかく城へ急ごう。

 メディスの城の中。衛兵に案内され、謁見の間に入る。レージェは玉座にも座らず、腕を組んで立っていた。
「遅かったじゃない。」
「色々あってな。」
「ええ、それは分かるわよ。服もボロボロだものね。」
 俺が着ていたシャツは血で汚れ、焦げて所々穴が空いていた。
「あとで新しい服を用意させるわ。」
「ああ、すまないな。」
 俺は辺りを見回す。テノールはどこにいるのだろう。よほど落ち着きがないように見えたのか、レージェはため息を吐いた。
「あの娘……テノールなら無事よ。今はミクとローディンと一緒にいるわ。呼んできましょうか。」
「いや、俺がそっちに行く。案内してくれ。」
 
 コンコン、とノックをする。
「どちら様でしょう?」
 ローディンの声だ。
「俺だ。今帰ってきた。」
 扉を開けると、ローディンとミク、そしてテノールがいた。
「レグ!ルギも一緒なの?良かったぁ!わたしもテノールも心配してたのよ!」
「心配ご無用!オレ達強いからな!そっちも無事で良かったよ!」
 ミクとルギは互いの無事を喜びあっている。
「……」
 テノールは俺のもとへ歩いてくる。いつも通りの無表情だが、何となく嬉しそうだ。
「レグ、おかえり。」
「ただいま。大丈夫だったか?」
 テノールは頷く。
「メリーサが来たけど、捕まらなかった。ミクと、女王様と、ローディンのおかげ。」
「ローディン?」
 助けてくれたの、とテノールは言う。ローディンを信用したわけではないが、テノールを助けてくれたのならばお礼の1つぐらい言っておかねば。俺はローディンを見た。
「……」
 彼は薄い唇をきゅっと結び、半開きの目でヘラーノを見ていた。やがて彼は口を開く。
「なんだ、意外と元気そうじゃないか。僕が心配するまでもなかったな。」
 聞いたことのないぶっきらぼうな口調でローディンは話す。
「そう冷たいこと言うなよローディン。再会のハグでもしようぜぇ。」
「やめろ気持ち悪い」
 ローディンはヘラーノが抱きつこうとするのを躱す。避けられたというのに、ヘラーノは何故か嬉しそうだ。
「まあまあそう言わずに~。」
「やめろと言っているだろう、鬱陶しい!……なんです、レグ。何か言いたい事でも?」
 見世物じゃないぞとでも言うように彼は俺を睨む。……多分、これが本来の彼らなのだろう。
「いいや、何でも。」
「……はぁ」
 その返事が気に入らなかったのだろうか。彼はため息を吐いて、部屋にあった椅子に座った。

『A』 第13話 復帰

Alva
 料理を机に並べ、席に着く。3人で朝ご飯を食べるのは久しぶりだ。
「今日からディーは仕事だったか。」
「うん!ゼノンと一緒にあのストレンの事件の調査をするんだ!」
 ディーは私に眩しい笑顔を向ける。
「アルバも行く?街の中を歩いて色々見れば、もしかしたら何か思い出せるかもしれないよ!」
「……」
 何か思い出せる、か。正直、今は何も思い出したくない。思い出すのが怖いのだ。傷がすぐに治る人間だなんて、普通の人間であるはずがない。それに……私は恐ろしいことに気づいてしまったのだ。傷が癒えても痛みは消えない。それはつまり、記憶を失う前に私が負った傷を、痛みとして体が覚えているということ。実際、背中や腕の傷以外にも痛む場所はたくさんある。たとえば、歯が折れたような痛み。たとえば、足の付け根が裂けたような痛み。たとえば、腹を殴られたような痛み……まるで、何者かに何度も暴行された後のようだ。誰に、どのようにして傷付けられたのか。それを想像しようとしてもその時に限って頭が働かなくなる。脳がその事について考えるのを拒否しているのだろうか。
 それでも、いつか……いや、できるだけ早く思い出さなければいけないのだろう。いつまでもここに厄介になるわけにはいかない。ニールたちも、知らない人間が家に転がり込んできてさぞかし迷惑していることだろう。自分はどうしてここに来たのか、自分はこれから何をするべきなのかを早く思い出して、ここから離れないと。
「アルバ?」
 ディーとニールは私の顔を見つめていた。しまった、考えていることが顔に出ていたか。
「うん?どうした?」
 できるだけ明るく。できるだけ笑って。私は返事をした。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。すまない、まだ少し眠くてぼうっとしていたみたいだ。」
 おどけたようにそう言うと、ディーは安心したような表情を浮かべた。が、ニールは眉間に皺を寄せたままだった。
 
 結局、ディーと調査に行くのは断った。
 今は昼。掃除も洗濯も終え、私はニールと茶を飲んでいる。
「こうやってゆっくりするのも飽きたなぁ~。オレも早く復帰したいもんだ。」
 ニールは欠伸をしながら、茶を飲んでいた。
「ニールも仕事を休んでいるのだったな。」
「ああ。謹慎処分食らってんだよ。」
 彼は気だるげに答えた。
「謹慎になるだなんて、あなたは一体何をしたんだ?」
「何をしたって……まあ、簡単に言えば食糧支援だな。」
 食糧支援をしてどうして謹慎処分になるのだろうか。むしろ褒められるべきではないか?
「去年は凶作でさ。その上数少ない食料を貴族たちが独占してたもんだから、食べるものも無くなって庶民はみんな飢えていたんだ。そこで、オレは数ヶ月前、実家に食糧支援を頼んだのさ。オレの実家はちょっと大きい土地の領主の家でな。そこ自体は大した力は持っていないが、人脈がとにかく広いんだ。そのツテを辿って、最終的には外国の資産家に援助をしてもらったんだ。」
「それの何が問題なんだ?」
「ここの大臣や貴族に無許可でやったんだよ。支援された食糧まで独り占めされちゃかなわねぇからな。その後貴族たちにそれがバレて、オレは騎士団長を辞めさせられ、ディーも謹慎処分となったんだ。」
「どうしてディーまで?」
「アイツも食糧支援の件に関わってるんじゃないかって疑われてな。ディーはオレの兄貴の息子……つまり甥っ子だから。大臣の奴ら、結構怒ってたからなぁ。面子がどうのこうのって。そんなちっちゃいプライドなんざ知るかよう。だいたいお前らのせいじゃねぇか。」
 ニールは大きく伸びをする。
「まぁ、ディーは今日で復帰できたからいいんだけどよ。ゼノンも一緒だから団長にいじめられる心配もないし。だけどなぁ……オレは復帰したとしてもまた下っ端兵士からやり直しか~。アルバ、オレちょっと泣きそう。このオジサンを慰めてくれぇ。」
 ニールは顔を覆うふりをする。私は「よしよし」と彼の頭を撫でた。
「……あ、そろそろ買い物に行かないと。昼ご飯の材料がもうないからな。昼はディーはどこかで食べるだろうか?」
「おう。ゼノンと食べてくるってさ。」
 なら、2人分作られれば十分か。私は立ち上がった。ドアに手をかけようとした時、私の頭に何かが乗った。……ニールの手だ。
「アルバ、ありがとうな。」
 彼は私の頭を撫でる。私の勘違いかもしれないが、彼は娘を見るような優しい目で私を見ていた。

『A』 第12話 夢の中の話?

D
 結局、夕べはあまり眠れなかった。下に降りるとアルバが朝食を作っていた。
「おはよう、アルバ。」
「おはよう。今日はずいぶんと早起きだな。」
 ふと、アルバの手を見る。指はちゃんとある。
「あ、指……」
「まだそんなこと言ってるのか。」
 アルバはいつもみたいに笑う。
「そんなことってなんだよう!怖かったんだからね!もしアルバが本当に指を切ってたらって思ったら、本当に怖くて、それで……」
 鼻の奥がつんと痛くなる。アルバはそんな僕をぎゅっと抱きしめてくれた。
「よーしよしよし、怖かったな。」
 ほんの少しだけ柔らかい胸に、顔が当たる。ちょっと恥ずかしくて顔を上げると、彼女は優しそうに微笑んで僕の頭をそっと撫でてくれていた。
「大丈夫。全部夢の中の話だ。ほら、私の手はいつも通りだろう?」
 アルバの左手が僕の頬を撫でる。彼女の真っ白な手を見て、僕は安心した。
「さて、と。」
 アルバは再び鍋に向かう。
「手伝うよ。」
「ありがとう。じゃあ、そうだな……ニールを起こしてきてくれるか?」
 うん!と返事をして、僕はニールを呼びに行った。
 
Alva
 自分は傷の治りが早いのだと気付いてから、「どこまで傷付けても大丈夫か」という好奇心から私は自分を傷付けるようになった。夕べは思いきって左手の小指を切り落としてみた。切り落としたそばからとんでもない速さで伸びていく指は、数分もすれば爪まで元通りになった。……まるで、トカゲのしっぽのようだ。指が治るのだから、腕を切り落としても治るのだろうか?……治らなかった時が怖いし、そもそも私に腕を切る力は無いからやめておこう。
 それにしても。指を切っているのをディーに見られ、その上彼にトラウマを植え付けてしまうことになるとは。傷はすぐに治るのだからどうとでも誤魔化せるだろうと油断していた。これからは彼らに見られないように気をつけなければ。私だけならばどうなっても構わないが、彼らに苦痛を与えるようなことはあってはならない。
「……」
 小指が、右腕が、背中が……いや、全身が痛む。傷が治っても痛みはちっとも治まらない。我ながらなんとまあ不思議な身体だ。作業に支障をきたさなければいいのだが。
「アルバ!起こしてきたよ!」
 ディーがキッチンに入ってくる。それに寝ぼけ眼のニールが続く。
「おはよう、ニール。」
 もうすでに出来上がった料理を並べ、私たちは席に着いた。

冒険者達の記録書 第64話 祝福の子

Reg
「祝福の子?」
 俺がそう聞き返すと、ヘラーノは頷いた。「祝福の子」。人間の両親の間に生まれたニュンフェ族の子どものことか。 
「ローディンの両親はどちらもトイフェルだったが、その間に生まれたアイツはニュンフェだったんだ。……アイツの目は父親と同じ赤色で、顔立ちは母親似なんだが、髪の色だけはどちらにも似ない金髪でなぁ。」
 そういえば聞いたことがある。トイフェル族の髪はほとんどが黒髪や赤毛で、ニュンフェ族の髪は金髪や銀髪、または俺のような青い髪なのだそうだ。
「人間と人間の間に生まれたニュンフェってのも珍しいが、トイフェルとトイフェルの間に生まれたニュンフェは恐らく、この世でアイツ一人だ。」
「へー!なんかカッコイイな!」
 ルギは身を乗り出し、それから!?とヘラーノに続きを促す。
「えっ?いや、だからよ。トイフェルの血が流れててもニュンフェなら大丈夫なんじゃないかって、そういうコトだよ。」
「えっ、それだけ?」
「それだけって……他に何を話せばいいんだよ。これ以上深い事は話さねぇからな。もっと聞きたいんだったらローディンに直接聞きな。信用できない奴にオレが話していい内容じゃねぇからなぁ。」
 確かに、俺達は行動を共にしたばかりだ。少し前まで俺達は敵だったのだ。信用できないのは仕方がない。
「構わない。正直、俺もお前やローディンの事は信用していないからな。」
「へぇ、やっぱり?」
 ヘラーノはニヤニヤ笑いながら俺を見る。……何となく気に入らない。
「お前達はロンドやテノールを危険に晒し、グレーディオに火を放った。信じられるわけがなかろう。それに、ローディンをメディスの城に残していったのは、アイツが手負いで動けないだろうと判断したからだ。あそこにはレージェもいる。何かしようとすればすぐに取り押さえられるだろうな。」
「アイツはそんなにヤワじゃねぇよ。でもまぁ、そんな状況で騒ぎを起こすほどバカじゃねぇのも確かだなぁ。そんな状況……ん?待てよ?今アイツはメディスの城にいるんだよな?それで、レージェシアン女王様やお前の仲間の女の子2人もそっちにいる……と。」
 ヘラーノは真剣な表情をして呟く。何か引っかかることでもあるのだろうか。
「あー、羨ましい……!」
「……」
 少しでも気になった俺が馬鹿だった。よし、メディスはまだまだ先だ。急ごう。
 
Roadin
 先日、テノールにある提案をした。私が魔法を使ってテノールの幻を作り、その間彼女にはどこかに隠れていてもらうというものだ。彼女は頷いた。しかし、彼女はそれに加えて私にとある注文をした。
「隠れる場所はローディンの部屋のクローゼット。その中に私を、動けないように縛ってから入れて。……それから」
 そう言ってテノールは自らの服を脱ぎ始めた。私の制止も聞かず肌着姿になった彼女は、私に服を突きつけて「私のニセモノに着せて。」と言った。彼女曰く、「私が着けてたものを着せたら、バレにくくなるでしょ。」とのことだ。彼女はメリーサを犬とでも思っていたのだろうか。
 ……まあ、実際メリーサはあの幻をテノールと思い込んでいたのだから結果オーライ、というべきか?
「ローディン、ありがとう」
 返した服を着ながら、彼女はぼそりと言う。彼女に背を向けていた私は腕を組む。
「お礼なんていいから早く着なさい。……はあ、まさか貴方から縛り方の指導を受けるとは思いませんでしたよ。なんです?『もっときつく縛って』だの『布を口に詰めて』だの。さすがの私でもちょっと戸惑いましたよ。」
「でも、楽しかったんでしょ。」
「ええ」
 私は口元を歪める。後ろから「ひどい人。」と彼女の呆れるような声が聞こえた。
「そもそも、なぜあんな事をする必要があったのです?」
「……思い出したの。牢獄と、光の樹を凍らせた時のこと。女の人の声が聞こえたの。『凍らせろ』って。それに従わなきゃって思って、私は……。」
 大きく深呼吸する音が聞こえる。彼女の表情は見えない。
「その声が、多分メリーサの声だったと思うの。だからね、私、思ったの。メリーサについてこいって言われたら、言われた通りにしちゃうんじゃないかって。もしかしてミクたちにひどいことをしちゃうんじゃないかって。」
 「そんなのいやだから、絶対に動けないようにしてほしかったの。」と彼女は呟いた。
「実際、縛っていたにも関わらず貴方は暴れまくったようですからね。メリーサ嬢のもとへ行こうと必死だったのでしょう。」
「うん。あの時、また女の人の声が聞こえたの。『こっちに来なさい』って。それを聞いて、行かなきゃ行かなきゃって思ったの。ローディンは、そんな声は聞かなかった?」
 聞こえはした。私の場合は「ミクを取り押さえろ」という声だった。しかし、聞こえるだけだった。従う気はしなかったが、メリーサを油断させるチャンスだと思い一応その通りにした。
「聞きましたが、従おうとは思いませんでしたね。むしろ、そんなもん知るかと言ってやりたかったですねぇ。」
「ローディンにはあんまり効かなかったのか?」
「生まれつきこういった術には耐性がありましてね。」
 それは恐らく、自分が「祝福の子」であるから……というのは黙っておこう。
「……ところで、メリーサ嬢がこちらに来たということは、レグ達はどうなったのでしょう。ひょっとして、もう倒されてしまったのかもしれませんね。」
「違う」
 強い否定の声。
「違う。きっと、メリーサはレグたちから逃げてきたの。レグもルギも、ちゃんと無事なの。」
 自分に言い聞かせるように言うテノール。……ヘラーノも無事なのだろうか。私もそうやって信じたいものだ。
「すぐに、みんなすぐに帰ってくるの。ここに来て、ただいまって言ってくれて、それで、」
 幼い少女をこれ以上不安にさせてはいけない。私は「そうですね、待ちましょう」とできるだけ優しい声で言った。

『A』 第11話 質問

Neal
「おかえり。」
 家に帰ると、アルバが迎えてくれた。
「すまない、今日も帰って来ないと思って……。今からご飯作るから、待っててくれないか?」
「ああ、悪いな。」
 
 今日の夕飯はジャガイモのスープだった。「貧相なものですまない。今日はあまり買い物もしていなくて……」とアルバは申し訳なさそうに言っていたが、十分美味かったし腹いっぱい食えたので、オレにとっては大満足だ。
「ごちそうさま!美味しかったよ!」
 ディーも満足しているようだ。
「それなら良かった。」
 アルバは安心したように息を吐く。
「一応まだ食材はあるんだが、明日の朝ご飯のことも考えると、な……。」
「構わないさ。ところで……」
 居住区の事件についてアルバに訊こう。オレはアルバに「オレ達がいない間、何してたんだ?」と尋ねた。
「掃除して、洗濯して……」
「外には出なかったか?」
「外?ああ、少しだけ街を歩いたな。それがどうかしたのか?」
 これ以上何を言ってもはぐらかされてしまう気がする。それならば、ストレートに尋ねるしかない。
「お前さ。オレ達が森に調査しに行った時、居住区にいなかったか?」
「居住区に?」
「住民から話は聞いてるんだよ。黒い三つ編みで緑の目の女が居住区で暴れてたストレンを倒したってな。これ、お前のことだろ?」
「私にそんな力があるわけないだろう。それに、黒い三つ編みで緑の目の女性なんて私の他にも何人もいるだろう?」
「じゃあ明日、一緒に目撃者に会いに行くか?少なくとも、その女がお前かお前じゃないかは分かるはずだぜ。」
「……」
 アルバは諦めたように目を伏せる。
「参った。降参だよ。確かに私は居住区へ行き、ストレンを倒した。隠していたのはあなたたちに心配をかけたくなかったからだ。……すまなかった。」
「隠していた事については何も言わないさ。その代わり、質問には答えてもらうぞ。」
「分かった。……といっても、私もあの時の状況についてはよく分からないんだ。あなたの力になれたらいいのだが。」
 オレはストレンの特徴について、そして現場の状況について尋ねた。返ってきた答えはゼノンが目撃者たちから集めた情報とほぼ同じものだった。……そして、最後の質問。
「アルバ。お前、ストレンに腕を噛まれたって本当か?」
「腕?」
「そういう目撃情報があってな。それは本当か?」
「……」
 アルバは袖をまくって腕をオレに見せた。
「私が噛まれたように見えるか?」
 彼女の腕には傷痕ひとつ無かった。
「見えないな」
「だろう?」
 多分それはデマだな、とアルバは笑い飛ばした。彼女が噛まれた痕跡がない以上、そういうことなのだろう。
「聞きたいことはこれで全部か?」
「ああ。」
「すまないな、これだけしか話せなくて。……ああ、そうだ。風呂はどうする?入るんだったら沸かして来ないとな。」
「ああ、頼む。」
 アルバは部屋を出ていった。
 それから。オレ達は風呂に入り、それぞれ寝る支度をした。
 
 
D
 なんだか眠れなくて、部屋を出る。水でも飲もうかなと思って廊下を歩いていると……
「……うっ、……く、ふぅ……」
 ……部屋の中から苦しそうに呻く声が聞こえた。アルバの声だ。どうしたの、と彼女に尋ねる前に、少しだけドアを開けた。
 アルバは、板を敷いた机の上に左手を置いている。右手にはナイフが握られている。まるでまな板の上で自分の手を切ろうとしているみたいだ。
 ごとん、と何かを切り落としたみたいな音がする。その音の主は、間違いなくアルバの手だ。
「……まさか本当に……ああ、すごい」
 彼女はぼそりと呟く。ねえ、何がすごいの?君は何をしたの?怖くてたまらないけれど、僕はじっと目を凝らした。
 アルバは真っ赤になった左手を掲げて満足そうに眺めている。その手には、小指が無かった。
「!!」
 僕は驚いて後ずさり、その拍子に転んでしまった。
「?」
 部屋の中から足音が聞こえる。アルバが近付いてきてるんだ。
「ディーか?」
 アルバはドアを開けて顔だけ出した。
「あ、アルバ……」
「こんな遅くにどうしたんだ?怖い夢でも見たか?」
 アルバはいつものようにけらけら笑う。その笑い声が、今はどうしようもないくらい怖かった。
「眠れないならホットミルクでも作ろうか。」
「あ、アルバ、指、ゆびが、切れて、」
「指?」
 何ともないぞ、と彼女は右手を出す。真っ白な、傷1つない手だ。指もちゃんとある。
「ふふっ、寝ぼけてるんじゃないのか?」
 そうなのかもしれない。ただ寝ぼけてて、変な夢を見ちゃっただけなのかも。
「ごめんね、変なこと言っちゃって。ぼ、僕、もう寝るね。おやすみ!」
 僕は逃げるようにしてその場をあとにした。
 あれ?自分の部屋の前まで来たところで、僕は立ち止まる。アルバが見せてくれたのは「右手」だ。でも、彼女が実際に切っていたのは「左手」の指……。
「……」
 怖くて今夜は眠れなさそうだ。

『A』 第10話 報告

Neal
 茶色い髭を生やした騎士のオッサンに連れて行かれた先は、変わり果てた居住区だった。巨大なストレンがここに現れて、暴れていたそうだ。暴れていたストレンはどこへ行った、と、茶色い髭の騎士のオッサン……ドーバッツァ団長に訊ねると、そいつはもう死んでいて、研究室で解剖されているのだそうだ。
 数日後、瓦礫の撤去も怪我人の救助もほとんど終わった。これでひと段落ついた。
「ニール」
 ゼノンがやってきた。彼は居住区に現れたストレンについての調査であちこち駆け回っていたそうだ。「本当はお前たちのように救助活動をしたかったのだが」と残念そうに呟いていたのを覚えている。
「お疲れ。こっちはほとんど終わったぜ。調査はどうだ?」
「それなりに進んではいるが……。」
 なかなか思い通りにいかない、ということか。
「まあまあ、人数少ないし仕方ないって。騎士団の奴らはほとんど救助に回ってるしさ。調査任されてるの、少ししかいないんだろ?」
 ゼノンは頷く。
「救助活動はもうほとんど終わったし、何人かそっちに行けるようになると思うぜ?……それで、ただこんな話をするためにこっちに来たわけじゃないんだろ?」
「ああ。一応報告をと思ってな。」
「団長ならあっちだぜ。」
 オレはドーバッツァ団長のいる場所を指さした。ゼノンは「あんな血筋だけの男は団長とは認めん」と鼻で笑った。もう少し仲良くしてもらいたいものだ。
「俺はお前に報告をしに来たのだ、元団長。」
「分かったよ。じゃあオレが聞くよ。」
 ゼノンは紙の束をオレに渡す。そこには調査結果と思われる文章がびっしりと書かれていた。
「詳しくはこれに書かれているが、簡単に説明させてもらう。」
「おう、頼む。」
「まず、ここに出現したストレンがどこから来たのかについて。目撃者たちによると、居住区に迷い込んだトカゲが突然巨大化し、人型のストレンとなったそうだ。」
「トカゲが人型の巨大ストレンに?何だそりゃ。」
「有り得ないと思うだろうが本当の事だ。……そのストレンが居住区で暴れた理由は未だに分かっていないのだ。人間を食うのが目的ではなかったようだしな。」
「アイツらって人間や他の動物を襲いはするけれど食ったりしないよな。何でだろ?」
「そのことについてならば……話は変わるが、この前のストレンの巣の話を聞いてもらいたい。」
 数日前、洞窟で見つけたストレンの巣か。
「昨日、手の空いた騎士が1人、そこの調査に行ったのだ。あそこにはストレンが何匹もいたが、奴らは互いの肉を喰らっていたそうだ。騎士が来た頃にはストレンの数は2、3匹ほどに減っていたらしい。」
「えーっと、つまり共食いをしていたってことか?」
「ああ。近くの森に餌となるものが豊富にあるにも関わらず、だ。どうやら、ストレンの大好物は同じストレンの肉のようだな。奴らにとっては人間や動物の肉は不味いのだろう。」
 これで奴らが人間らを襲うが食べない理由が分かった。……まだ話すことがあるようだ。オレはゼノンに続きを促した。
「だが、目撃者の何人かから奇妙な事を聞いてな。その巨大ストレンを倒した者がいたそうだが、その者の腕にストレンが噛みついたらしいのだ。」
 今「人間を襲うが食べない」と聞いたばかりなのに……確かに奇妙な話だ。
「ストレンを倒したって奴の特徴は?」
「三つ編みにした黒い髪。緑の目。美しいが、女性なのか男性なのかよく分からない人、だそうだ。」
「三つ編み……緑の目……」
 思い浮かべたのは、アルバの顔だった。三つ編みにした黒髪に、緑色の目。女性だが男物の服を着ている……確かに、目撃情報と一致している。
「アルバか」
「俺もそう思って何度か彼女を訪ねたが、うまくはぐらかされてしまってな。腕も見せてもらったのだが、ストレンと戦った時に負ったはずの噛み傷もなかった。」
 だったら、あいつは違うということか?
「うーん?よく分からねぇな。」
「ニール、救助活動はひと段落ついたのだろう?だったら家に帰って、これからアルバの監視をしてほしい。」
「ああ、分かった。」
「頼んだぞ。」
 ゼノンは踵を返し、歩いていく。引き続き調査を進めるのだろう。オレは紙の束を持って、団長のもとへと歩いた。

『A 』 第9話 右腕の傷

Alva
「誰かいるか?」
 次の朝。掃除をしていると鎧の男が訪ねてきた。この声はゼノンだ。
「ゼノン、おはよう。悪いが今ここには私しかいないんだ。」
「そうか、やはり……」
 ゼノンはううむと唸る。兜で見えないが、間違いなく眉間の皺が増えているだろう。
「仕事に行くって聞いたんだが、ゼノンは何も聞いていないのか?」
「ああ。……恐らく新しい団長に連れて行かれたのだろう。まったく、自分であいつを謹慎処分にしたくせに……身勝手な男だ」
 「新しい」を強調してゼノンは言う。
「何か大きな事件でもあったのか?それで人手が足りてないとか……。」
 「事件」と自分で言って思い出した。そういえば昨日、巨大なストレンが出たんだったな。
「お前の言う通りだ。居住区で巨大な人型のストレンが出たらしくてな。救助やら調査やらで人手不足なのだ。ニール達も今頃こき使われているだろうな。……ところで、アルバ。」
 ゼノンの視線は私の腕を捉えていた。昨日ストレンに噛まれた右腕だ。
「余計な世話かもしれんが……お前、腕を怪我しているのではないか?」
「!」
 どうしてバレたんだ?包帯も巻いて、袖できちんと隠したはずなのに。……かなり私は狼狽えていたのだろう、ゼノンは「そう慌てるな」と言って大きな溜め息を吐いた。
「先程から右腕をかばっているように見えたからな。処置はしたか?」
「あ、ああ、一応。」
「どれ、見せてみろ」
「……」
 もし噛み傷を見られたら、ストレンと戦ったことがバレてしまう。出来ることなら隠したいが、そうもいかないだろう。私は袖をまくって包帯を外した。
「……もう治っているようだな」
「いやあこれは昨日野良犬に噛まれた傷で、けっして……えっ?治ってる?」
 そんなわけがない。あの傷は結構深かったし、痛みだってまだ残っている。
「見てみろ。」
「はは、そんなバカな……」
 自分の腕を見る。深かったはずの噛み傷はきれいさっぱり消えていた。
「!?」
 ありえない。だって、あんなに深く噛まれたのに。それに、まだ痛いのに。傷だけ消えているなんて、そんな。
「……」
 ゼノンは腕をじっと見ている。多分、彼も信じられないとでも思っているのだろう。……今なら誤魔化せる。私は声をあげて笑った。
「あはは。すまない。あまりにもあなたが真面目そうに言うから、少し冗談を言ってみただけなんだ。心配かけて悪かったな。見ての通り、私は元気だから心配無用だ。……ふふふ、さっきのゼノンの顔といったら……。」
「俺をからかっていたのか?」
 彼は「何という女だ」と呆れたように呟く。うまく誤魔化せたようだ。ふふ、我ながら素晴らしい演技力だ。もしかして、記憶を失う前の私は詐欺師か女優だったんじゃないか?……いや、女優はないな。
「ほら、ゼノン。そろそろ行かないとまずいんじゃないか?調査や救助活動があるんだろう?」
「そうだな。俺も行かなければ。……邪魔したな。」
 彼は玄関のドアを開けて、家を出ていった。馬の蹄の音が遠ざかっていくのを聞きながら、私はある事を確かめるためにキッチンへ向かった。
 
 キッチンの戸棚を開ける。確かアレはここにあったはず……。
「あった」
 切れ味の良さそうなナイフ。これがあれば、あの事を確かめられる。
「……」
 自分の腕をナイフで軽く切る。血の筋がぷくりと膨れたが、それだけだった。血はすぐに固まり、傷はみるみるうちに塞がった。そこにあるはずの傷は、痕すら残さずに消えていた。私の腕には、ただ、皮膚が裂けた痛みだけが残っていた。