ソウゾウセカイ

Ivyと申します。ここでは主に小説を書いたりしています。コメントや★を付けていってくだされば嬉しいです。※小説には過激な内容が含まれることがあります。思いつきで書いているので、矛盾している点が多いです。そのため、過去の記事を書き換えることがあります。ご了承ください。

『A』 第15話 トカゲ病と鎧

Zeno
 ここは駐屯所の医務室のようだ。重い体を起こし、窓の外を眺める。太陽は高く昇り、辺りを明るく照らしていた。
「おはようございます」
 傍らには医者がいた。何があったと尋ねる前に、医者は口を開く。
「ゼノンさん、あなたは一昨日ストレンの血液を浴びたことで『トカゲ病』になってしまっていたんです。もう回復したとは思いますが、何か変わった事とかはありますか?頭が痛い、とか……」
 特にないと伝え、ベッドから起き上がった。あの時、ディーが帰った後。俺は急に全身がひどく痛んで倒れてしまったのだ。
 「トカゲ病」。全身が痛み、気が狂い、最悪の場合死に至る病。元々は「紫の森」の霧が原因の病気だったのだが、トカゲ病の発症者やストレンの血液を浴びても発症してしまうと最近分かった。だが、実際はストレンの血液の毒性は紫の森の霧よりも弱く、気が狂う事はあるが死ぬ事はあまりないそうだ。
 ストレンはトカゲ病にならない。最近そんな噂が出てきている。ストレンは、紫の森でトカゲ病になり、生き残った生物らが変化したのではないか、という説を唱える学者もいる。トカゲ病患者はストレンに変化してしまう、という噂もある。ストレンとトカゲ病と紫の森には深い関係があるようだ。
 その事を調べる為にも、紫の森から生きて帰り、巨大なストレンと一対一で戦って倒した彼女……アルバの協力が不可欠だ。何とかして情報を得ることが出来れば良いのだが。
「うぅむ……」
 俺は唸る。正直に言って、俺は彼女が苦手だ。素性はもちろん、何を考えているのかも分からない。彼女の美しすぎる容姿も相まって、よりいっそう不気味に見える。そんな彼女から十分な情報を得られるなどとどうして思うだろうか。
 色々と考えていると、いつの間にか部屋から出ていた医者が帰ってきた。彼に続いて3人ほど人が入ってきた。……ニールにディーに……アルバだ。
「ゼノン!」
 ディーは俺に駆け寄る。
「大丈夫!?ごめんね、僕が……」
「気にするな、ディー。お前が帰った後の事だ、お前は関係ない。」
「大丈夫か、ゼノン。」
 ニールは腕を組んでこちらを見下ろす。
「ああ、もう平気だ。」
「そんな事言わなくていいんだぜ。今日は仮病使ってでも休めよ。」
 目の前に医者がいるからなのか、ニールはそっと耳打ちした。俺は首を横に振った。
「そういうわけにはいかないだろう。……ところで。どうしてお前とアルバがここにいる?」
 ニールは自宅謹慎中で、そもそもアルバは部外者だ。
「ちょっと早めに謹慎が解けたんだよ。やっぱこの前ストレンが暴れた事件で人手不足になったんだろうな。」
 アルバは苦笑しながら口を開く。
「団長のドーバッツァさん……だったか。私も彼に呼ばれてしまってな。これから取り調べだよ。」
「取り調べ、か。」
 きっとそれだけでは済まないだろう、という事はすぐに分かった。彼女のように素性も分からない者を奴は見逃さない。決して正義感からではない。彼女と同居しているニールが気に入らないから、何とかして彼を陥れようとしているのだ。
 ニールは田舎の領主の弟、という低い立場でありながら騎士団長という地位についていた。「嫁より娘が欲しい」と言っているほどの世話好きな性格のおかげで、人々からの支持も厚い。そんな彼とその甥であるディーが、ドーバッツァを初めとする貴族達に嫌われるのは当然の事である。それ故に、貴族達は彼を何とか団長の座から引きずり下ろそうと上の者を言いくるめ、結果、彼は団長を辞めさせられる事になったのだ。今も奴らはチャンスをうかがっている。
「……俺も同行しよう」
「え?」
 もし奴らの誘導尋問にでも引っかかってまたニール達を責める材料ができてしまったら。そうならない為にも俺がいた方が良いだろう。
「だ、大丈夫なのか?今起きたばっかりなんだろう?」
 アルバは目を丸くする。
「ああ。だが、もう治ったし大丈夫だ。」
 なぁ?と医者に同意を求める。「はい」と頷いた。
「それだけならいいか。力仕事任せられるよりは楽だ。」
 ニールはそう言って笑う。
「オレ達はもうそろそろ行かなきゃな。じゃあ、アルバの事頼むぜ。」
「2人とも無理しないでね!」
 ニールとディーは部屋を出る。俺は残ったアルバに目を向ける。
「そうと決まったら準備をしないとな。アルバ、少し待っていてくれ。……おい、鎧はどこにある?」
 医者に問う。医者は部屋の隅っこに目を向ける。そこには見馴れた鉄の甲冑があった。
 まずはブーツを履いて、その上に鎧の脚の部分を付ける。
「……」
 彼女は興味津々といった様子で俺の鎧を見ていた。
「どうしたんだ、そんなにジロジロ見て。こんなものただの支給品だ。他の一般兵も着ている。そんなに珍しいものではないだろう?」
「いや、その……かっこいい、と思って。」
 彼女は少し恥ずかしそうに笑う。嘘を吐いている訳ではなさそうだ。
「装飾はシンプルだが、それが良い。一般兵と同じ、とあなたは言ったが、少し違うみたいだな。周りにバレない程度に改造してるんじゃないか?その靴とか、篭手とか、胴体の肩の辺りとか……あとは兜か?目のところ、視界が狭いからって少し削っただろ。」
 彼女の言う通りだ。長く使う物なら少しでも使いやすくしたい、と思って目立たない程度に鎧を削ったり革を内側に貼ったりしているのだ。
「シンプルなデザインに手を加えて、それでも美しく仕上がっているってのは凄いよな。」
 彼女は感心するように何度も頷く。
「そういえば、鎧が傷だらけになっている兵士が何人かいたな。それでも使えるってことは耐久性もなかなか良いんじゃないか?」
「ああ。その通りだ。多少手入れを怠っても問題なく使えるようだな。……俺は怠ったことはないが。」
 目立たないようにと気をつけながらした改造を簡単に見抜き、兵士達の様子から鎧の特徴を推測した。本当に、彼女の観察力には驚かされる。
「お前、元々は鎧マニアだったんじゃないか?」
「とんでもない。そこまでの情熱は私にはないよ。だけど……」
 アルバは優しく微笑む。
「誰かが鎧を着るのを見るのは、少し懐かしい気がする。何ていうか、こう……着る手順、みたいなのを身体が覚えているというか。気が付いたら『これはこう着るんだよな』って考えながら見てるんだ。」
「なるほど。元々は鎧を着るような職に就いていたのかもしれんな。」
 鎧を着るような職、といえば俺達のような軍人だ。それ以外思いつかない。なるほど、そう考えてみると彼女が三つ編みにして髪をまとめている理由も、男物の服を着る理由も何となく分かってくる。長い髪も長いスカートも戦いには邪魔だからだ。それに、軍人だったとすれば1人でストレンを倒すほどの力があるのも納得できる。だが……それでも分からない事がある。
「どうしてお前はあんな所で倒れていたのだろうな。」
 ニール達が言うには、アルバは「紫の森」の入り口で倒れていたのだそうだ。猛毒の霧が立ち込めるあの森に進んで入るような理由が思いつかないのだ。
「私も色々考えてみた。自殺を試みようとしたのか、何かから逃げようとして、逃げる道があの森しかなかったのか……それとも、無理矢理連れてこられたか。」
「ずいぶんとネガティブな考えだな。」
「……だって……」
 彼女は背中に手を当てる。その後すぐに首を横に振り、笑顔を作る。
「何でもない」
 それが嘘だと俺はすぐに気付いた。
「そう考える理由があるのか?」
「いや、だって……なぁ?毒の霧があるんだろ?そんな所に入るんだ、ネガティブじゃない理由があるわけないだろ?」
 彼女は笑顔を崩さない。だが、少し言い淀むような素振りを見せた。嘘を吐いているのか、どう説明してよいか分からないのか。……どっちだ?
「お前は先程『何かから逃げようとしていた』と言ったな。その『何か』に心当たりがあるからそのような考えが浮かんだんじゃないか?」
 一瞬、彼女の口元が引きつる。見逃さなかったぞという意味も込め、俺は口を開く。
「心当たり、あるんだな?」
「……無い」
 頭の良い彼女の事だ、俺が言ったことの意味もきっと分かっているはず。それでも彼女はシラを切る事を決めた。それとも、本当に無いのか?……分からない。
「ああ、もうそろそろ行かないと。ゼノン。鎧、着たか?歩きながらでも話は出来る。行きながら話そう。」
「……そうだな。」
 被った兜を整える。医者に「世話になった」と伝え、部屋を出た。
 部屋を出ても、俺達は黙っていた。しばらく歩いていると、彼女は呟いた。
「……心当たり。」
「何か言ったか?」
「心当たり、無いわけじゃないんだ。」
 「心当たり」、とは先程俺が彼女に尋ねた事か。
「……ごめん。こんな事、他人には話せない。隠し通すつもりだったんだ。……だけど。」
「だけど、という事は話す気になったんだな。言い訳は聞かん。さっさと話せ。」
「ああ」
 彼女は少しの間を置いてぽつりぽつりと話しはじめる。
「……体が、痛いんだ。全身を殴られたみたいで、刺されたみたいで、痛くて、熱くて。」
 彼女はそう言っているようだが、そのような傷はどこにも見当たらない。
「それがどう関係あるんだ?」
「何となく、分かるんだ。これは自然にできた痛みじゃない。人間によるものだ。私は誰か大勢の人から……暴行、されたんだな、って。」
「その『誰か』から逃げてきたのかもしれない、と?」
 彼女は頷く。顔は笑っているが、体には力が入っているようで少し震えている。ただでさえ細い身体がより小さくなったように見えた。
「……」
 これ以上詮索してはならない。これが彼女の精一杯なのだ。俺はそう感じて、これ以上尋ねるのをやめた。
「……すまない。」
 俺がそういうと、彼女は首を横に振った。
「謝らないでくれ。ゼノンは悪くない。悪いのは私だ。」
 彼女は俯く。彼女の目は今まで見た事がないくらいに暗く淀んでいた。何か声をかけてやろうとしたが、ふと目線を上げるとドーバッツァがこちらに歩いて来るのが見えた。アルバをここに呼んだ張本人だ。ああクソ、こんな時に。タイミングの悪い奴だ、と心の中で悪態つく。
「……アルバ。俺が言うのもなんだが、あまり思いつめるなよ」
 俺はそっと彼女の肩に手を置く。分かってる、と彼女は微笑んだ。
「来るのがずいぶん遅かったですな。」
 ドーバッツァはジロジロとアルバを見る。
「えーと?オリビア殿でしたかな?」
「アルバだ。自分が呼んだ客の名前ぐらいちゃんと覚えろ、この老いぼれめ。」
 彼は顔を真っ赤にする。
「なっ、何だその口は!この平民が!階級を言ってみろ!」
 彼はそれしか言わない。俺のような一般兵の事など覚えてもいないのだろう。
「そんな事よりも、さっさと終わらせてくれ。体調が悪いところを無理して来てくださったんだ。それくらいちゃんとしろ。」
「……?」
 彼女は俺に目を向ける。先程まであんな状態だったのだ、彼の取り調べに付き合っていられるとは思えない。体調が悪い事にして、早く終わらせてもらおう。彼女も俺が考えている事に気づいたのか、小さく頷いた。
「ふ、ふん!とにかく、アルバ殿!来てもらいますぞ!」
 ドーバッツァはドスドスガチャガチャと音を立てて歩く。1度アルバと顔を見合わせ、それについていった。